「儚い気持ちで胸がいっぱいだ」  風が吹き抜けるたびに、崩れた窓枠がかすかに揺れた。その音を合図に、廃墟の隅で眠っていたシロは目を覚ました。足元には、昨夜拾ってきた毛布が敷かれている。彼の細長い耳がぴくりと動き、鼻先で朝の空気を嗅ぐ。湿気を含んだ空気に少しだけ埃の匂いが混じる。  シロは古びた木製の床を軽やかに歩きながら、大きな欠けた窓から外の景色を眺めた。ここはかつて人間たちが暮らしていた場所だ。壁のペンキは剥がれ落ち、草が建物の隙間から生い茂っている。だが、シロにとっては居心地の良い「家」だった。  陽が昇ると、シロはいつものように廃墟の中を巡回し始めた。一つひとつの部屋を通り過ぎ、棚の裏や崩れかけた階段の隙間を確認する。それはもう習慣となった行動で、廃墟という広大なテリトリーを守るための儀式のようなものだった。今日も異常はなさそうだ、と確認すると、彼は1階のホールへ降りていった。かつては大広間だったその空間には、今や誰もいない。床に散らばる破れた新聞紙や錆びた椅子の残骸が、時間の流れを物語っている。シロは中央の場所に腰を下ろし、ふと目を細めた。陽の光が天井の穴から漏れ、その光が彼の白い毛並みを柔らかく照らしている。  昼になると、シロは廃墟を出て、近くの森へ向かう。目的は昼食だ。森には野生の果実が実り、小さな獲物もいる。だが、シロが食べるのは主に木の根元に落ちた果物や、近くの小川で捕る魚だった。 「よし、今日も運がいい。」  そう心の中で呟きながら、シロは木の実を前足で転がし、慎重にかじった。甘みが口に広がると、彼は小さく満足げにうなずいた。食べ終えると、しばらく川辺で水を飲んだ。冷たい水が喉を通る感覚が心地よかった。周囲には他の動物たちがいる気配もあったが、彼らとシロの間には暗黙のルールがあった。お互いに干渉しない。それだけで、十分に平和が保たれるのだ。  夕方、廃墟に戻ると、シロは自分の「巣」の中を整え始めた。毛布をもう少し温かくするため、森で拾ってきた葉を上にかける。彼の巣の中には、小さな骨の破片や、拾い集めた壊れた玩具が並んでいる。それらは彼の唯一の「宝物」だった。その中でも、特に大事にしているのは、古びた人間の写真だった。写真には、笑顔の子どもと犬が映っている。その犬は彼とは違う毛色をしていたが、どこか懐かしい雰囲気があった。この写真を見るたびに、シロは胸の奥に温かい感覚を覚える。 「この廃墟にも、かつてこんな日々があったんだろうな。」  シロは写真をそっと元の場所に戻し、静かに横になった。夜になると、廃墟はさらに静かになる。風の音と、時折聞こえるフクロウの鳴き声が、シロにとっての子守唄だった。彼は目を閉じながら、今日の出来事を振り返る。何も変わらない日々。それでも、彼にとっては十分だった。誰も来ないこの場所で、ただひっそりと、静かに生きていくこと。それがシロの「日常」だった。 「おやすみ、廃墟。」  そう呟くと、シロは小さく丸まり、深い眠りについた。月の光が廃墟全体を照らし、その中で彼の白い体が穏やかに息づいていた。
 0
 0
 0

みんなのコメント

コメントはありません。