「前へぇー進めッ!!!」
夏の朝、灼熱の太陽の下。迷彩服に身を包み、巨大なリュックを背負った19歳の三浦芽衣は、砂埃が舞う訓練場を必死に走っていた。
「くそっ……どうしてこうなった……」
息を切らしながら走り続ける芽衣の脳裏には、かつての夢が浮かんでいた。
「お前、何になるのが夢なんだ?」
高校3年の進路相談。担任の先生にそう聞かれたとき、芽衣は自信満々にこう答えた。
「ケーキ屋さんです!自分でお店を持つのが夢なんです!」
クッキーやケーキを作るのが大好きで、休日には家族に手作りスイーツを振る舞っていた芽衣。その笑顔が見たくて、彼女はその道を目指すと決めていたのだ。だが、現実は甘くなかった。
「専門学校の学費?……お母さん、今そんな余裕ないのよ。」
家庭の事情で夢を諦めざるを得なかった芽衣。そんなとき、ふと目にした自衛隊のポスターが運命を変えた。
「え、自衛隊?めちゃくちゃ安定してるじゃん。」
ポスターには迷彩服を着た隊員がキラキラした笑顔で「未来を守る」などと書かれていた。
「これだ……私の未来、ここで守られるじゃん」
そしてその数ヶ月後、芽衣はケーキのデコレーション用ヘラではなく、サバイバルナイフを握ることになったのだった。
「もう少しスピード上げろ、三浦!ケーキを運んでるんじゃないぞ!」
訓練教官の怒声が響く。芽衣は顔を真っ赤にしながら叫び返した。
「ケーキはこんなに重たくないですッ!」
周囲の同期たちが吹き出す中、芽衣は地面を蹴り続けた。体力訓練、格闘術、銃の取り扱い。毎日続く厳しい訓練に、芽衣は何度も心が折れそうになった。
「ケーキ屋さんって、もっと優しい世界だったんじゃないの……?」
だが、彼女には負けられない理由があった。それは、訓練所の食堂の存在だった。
「芽衣ちゃん、また新しいスイーツ出してくれたんだ!」
同期の坂口が、芽衣が作った「訓練所特製スイーツ」を手に喜んでいる。そう、芽衣は訓練の合間にこっそり厨房を借り、ケーキ作りを続けていたのだ。最初は冷やしゼリーから始め、チョコレートケーキ、さらには自衛隊のロゴを模したクッキーまで作るようになった。
「お前、なんでこんな本格的なケーキ作れるんだよ?」
ある日、坂口が不思議そうに尋ねた。芽衣は得意げに答える。
「ケーキ作りは私の夢だからね!」
「いや、普通その夢のために自衛隊入らないだろ!」
突っ込む坂口に芽衣は肩をすくめた。
「ま、人生ってそんなもんじゃない?」
そんな芽衣の作るスイーツは、瞬く間に訓練所で評判になり、ついには教官たちまで「三浦の作るプリンがうまい」と噂するほどに。だが、それを良しとしない人物が一人いた。鬼教官・大石である。
「三浦!貴様、自衛隊をなんだと思っている!」
「国を守る場所です!」
「ならば菓子作りはなんだ!」
「心を守る場所です!」
「誰がそんな名言みたいなことを言えと言った!」
そんな大石の厳しい叱責にも関わらず、芽衣のスイーツ作りは止まらなかった。そして迎えた訓練修了式の日。芽衣は仲間たちと共に迷彩服姿で式典に臨んだ。その後の懇親会では、芽衣が作ったケーキが振る舞われた。
「これ、三浦が作ったのか?本当にすごいな!」
「まるで高級ホテルのケーキみたいだよ!」
次々に聞こえてくる称賛の声に、芽衣は笑みを浮かべた。彼女の手の中には、一つの小さなクッキーがあった。それには「未来を守る」と文字が書かれている。
「自衛隊で未来を守るのもいいけど、私の未来はやっぱりケーキ屋さんかな。」
芽衣はその言葉を胸に、今日もまた迷彩服を着て走り出した。ケーキも国も守れる女。それが三浦芽衣だ。
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